循環には無駄が無い

バリには日本のような四季はありません。
乾期と雨季の二季しかなく、また、年中暑いため、季節感が無いように思われますが、1年は、やはり1年のリズムとサイクルで過ぎています。

我が家の周りは田んぼで囲まれていますので、私にとっての季節感は、この田んぼの景色の移り変わりで流れていきます。

そして、この田んぼの営みには、まるで無駄が無く、全ての物が循環していることに感心します。

今でこそ、田を耕すのは手押しの耕運機が導入されましたが、その他はすべて手作業です。

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まずは田が起こされます。田お越しが始まると、掘り起こされた土の中からドジョウが出てくるのを狙って白鷺がやって来ます。
夜には、ドジョウ取りの人々がランタンを下げて田の畦道を歩くのも、この時期の風物詩。
見渡す限りの水田は大地まで空になったようで、夕焼けの写る水田や、月の写る水田は、殊の外、美しい。

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田植えが始まる。昔ながらの手植えで、すいすいと植えて行く様は名人級。飼い犬もお供で付いて来る和やかな風景。

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青い空に青田。すがすがしい時期、観光客にはこの頃の景色が、一番人気がありますね。

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黄金色に色づく稲穂。稲刈り前のこの時期は、蛍が一番多い時期。夜は蛍の乱舞が幻想的です。刈り取りも手作業。ほぼ女性の仕事、賑やかに、楽しそうに稲刈りが行われます。屈託無く、マイペースでありながら、無駄の無い仕事ぶり。
雨が降れば一休み、雨がやめば稲刈り再開。バリの人はどんなことにも慌てない。

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刈った稲はその場で脱穀されるので、田のあちらこちらに藁山が出来ます。夕暮れには藁山が焼かれ、灰は再び土に返る。害虫駆除の役目も果たします。

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稲刈りの終わった田には合鴨たちがお出まし。この合鴨の持ち主は、田の持ち主とは異なります。
これも役割分業。田の持ち主は、落ちた米を提供することで、合鴨の糞を肥料にし、害虫駆除もしてもらえます。
合鴨の持ち主は、刈り取りの終わった田を探し、合鴨を連れて歩きます。餌をもらえて大助かりですね。

そして、しばらくの休耕を終えて、再び田お越しが始まり、稲が育って、刈り取られて行く、その光景が年に2回半・・・。

これが私の中での季節感。
また田植えの時期が来たな~、そろそろ稲刈りね・・・。鴨が来た・・・。

そして、当たり前に有機農法を脈々と続けているすばらしさ。
田には田の、一切の無駄無しに、循環して行くすべと言うものがあることを知りました。

宇宙のリズム、サイクル、に沿って生きることは、なんと無駄なく、無理なく、すべてが循環していることか。

合理性を追求した先進国の我々と、無意識に宇宙のサイクルにしたがって生きる、神々の島の人たち。

うーーーーーーーーーーーーーーーん・・・唸るしか無し・・・・。


  
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制限=枠を無くすと その3

今日はアーユルベーダーのお料理教室に行って来ました。

東洋医学、陰陽五行論、バリ思想、いろいろ学びましたが、一番大事なのは、当たり前の今日一日を笑顔でご機嫌に過ごすこと、これが一番体に良い。(笑

でも、アーユルベーダーのお料理、おいしいです。シンプルイズベストです、香辛料をたくさん使い、香りの良いお料理が多いですね。

さて、制限を無くすその3ですが。

最近、セッションを受けてくださるお客様には、願いを叶える法則を、私なりにお伝えしているのですが、一番反応があるのが、やはりお金と時間のことでしょうか。(笑

ある友人が言いました。
「分かった!年に2回バリに行ければ良い、と思うから、その分のお金と時間は捻出できる。」
「その枠を外せば・・・いつでも、バリに行きたい時に行けるようになるのだ!」

その通りなのです。

この車が欲しい!と思えば、その車のお金を貯めるまでがんばれますが、その車を手に入れてしまえばそこで終わってしまいます。

ですが、自分には無限の富も、時間も、全ての物が与えられているのだ、と思えば、限りない富を引き寄せることが出来ます。

強く念じなくとも、今、頭に、何かが浮かべば、それが現実に出てくるのです。

手品ではなく、今年の私は、自分でも驚くくらい、ふっと思ったことさえ、瞬時に目の前に出てくるのです。

たとえば・・・めがねを作ろうと思っていれば、めがねのフレームが2本もいただけたり(それも有名ブランド!)水が飲みたい、焼き芋が食べたい・・そんなくだらないことまで、水を持っている人が現れたり、数時間後に友達の所に行ったら「焼きいも食べる?」と、私が思い描いた芋が出てきたり。

航空券も、たまたまネットで確認したら、目を疑うほどの安い金額で購入できたり、行くべき場所に行ったり、行かなくて良い場所には行けなくなったり、結果的に良かったね~、と言うことも沢山!

2012年は意識向上、アセンションが起きて、5次元の世界が来る。
ドラえもんのどこでもドア、何でもポケットを持つようなものなのかな?と思っていましたが、まさにその状態が続いています。

それもこれも、この制限を無くしたからだと思っています。

みなさんも、知らず知らずに作ってしまった制限を取り外して自由になってください。

神は、宇宙は、すべてのものを与えてくれています。それを受け取るも受け取らないも自分次第です。

私は、無限の愛を、富を、可能性を受け取ります。と宣言するだけでいいのです。

神よ、宇宙よ、限り無い愛を、富を、可能性を、与えてくださり、ありがとうございます!

 
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      滝も大きな水の波動、ドーンと波動が伝わって来る。 祈りを唱えるお坊さんのいる屋根に波動が集まっています。



制限=枠を無くすと その2

稲刈りが始まりました。
刈られた田には合鴨が放たれ、賑やかにガーガー話をしています。
何度も見ている風景だけど、飽きません。

さて、制限を無くすその2・・・。家族について。

我が家は、私、バリ人お父さん、お母さん、小学一年生の女の子、バリ犬2匹、バリ猫4匹、通い猫1匹、と言う大家族です。

2年半前に二世帯住宅を建て、長らくスタッフとして働いてくれていたバリ人の家族と共に住むことになりました。

私は子供を生んだこともありませんが、こうして息子や孫までもいる生活を送っています。

犬も猫も、買い求めたのではなく、捨てられて家族のいない動物たちです。

こうした寄せ集めの家族でも、何かの縁で出会い家族になったのです、必要があり共に過ごす、それを家族と呼んで良いのではないかと思うのです。

住み始めた頃は、すべてが新しいことなので、土地のエネルギーや家のエネルギーにも馴染んでない上に、生活様式が違う者同士の生活が始まった分けですから、お互いにストレスもたまりました。

ですが、すべては月日が経てばしっくりと落ち着いて来るものです。

庭に草木も育ち、しっくりと落ち着いて来るように、私たち家族も寄せ集めのギクシャクした家族から、どっしりとチームワークの取れた家族に成長しました。

血の繋がりと言う制限を外せば、お互いに必要とする者同士が共に暮らすことで家族になれるのです。

私はこの家族にめぐり合えて、幸せですし、満足しています。

来年の春にはもう一人孫が増えます。

妊娠が分かってから、家の空気まで一段と明るくなりました。
新しい命は、生まれる前からすでに私たちにすばらしい贈り物をしてくれているのですね。
"生"は希望ですね! 未来を明るく照らしてくれています。

今から対面が待ちどうしくて仕方がありません、元気に生まれて来てね。

        
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    庭で遊ぶ、我が家の孫といとこたち              畑仕事をする家族 


制限=枠を無くすと・・・・

おはようございます。
雨季に入ったようで、毎日、日に何度か雨が降ります。
その勢いのすごさ、さすがは南国の雨。
気持良いくらい、を通り越し、大丈夫?と怖くなるほどです。
雨さん、穏やかに、大地を潤す程度にお願いしますね。

さて、制限を無くすと、どんな良いことが起こるかと言うと、無限になるのですね。
枠は囲いですから、その枠を無くせばどこまでも広がっていくのです。

たとえば・・・、ずいぶん以前ですが、ある日、ふっ・・と感じたんです。

お金を使うと、おのずと財布の中からお金はよそに移動しますので、私たちは、自分の財布からお金が無くなったと思います。

ですが、自分の手元から消えたお金も、この世のどこかには存在しているわけです。
燃えて無くなってしまったら、川に流れて行ってしまったら、それは完全にこの世から消え去ってしまいますが、物々交換で移動したお金は、自分の手元には無くなっても、この世の全体量の中にはあるのですよね。

そう思ったら、急に気が楽になりました。(笑
なーんだ、私のお金、無くなってないんだ、そのお金が必要な人の所を回っているだけなんだー。
そのお金はまた私が必要な時に、めぐり巡って帰って来てくれればいいんだ。

そんな風な考えが浮かびました。

現に、上の文で「私のお金」と言う風に書いていますね、この発想自体が制限なんですね。

私のお金、私の物、私の家族、私の部下、そんな風に自分の・・・と思うことで、制限が生まれます。

お金は、お金。物は物。人間はどんな肩書きも無く、ただ尊重される個人。それだけで良いのではないでしょうか。

そう思えば執着が無くなります。
執着と言う感情は、何よりつらい。
なぜなら、力いっぱい手を握り締めて、離すものか!と、がんばっている状態だからです。
そんな状態をイメージしてみてください。

力んで、体も手も硬くなり疲れますよね。血の流れも、エネルギーの流れも悪くなりますよね。
どんなものも停止してしまっていますよね。

手を開いてみましょう、力を抜いてみましょう。

そんなことしたら握り締めているもの、無くならないように守っているものが逃げていってしまいますか?

それで良いのです、その小さなものを守るために、手を握り締めていては、何も変化が起きません。
手を開けば、体の力も抜け、エネルギーも回り始めます。
手の中に爽やかな風を感じられます、気持ちが良いですよね。
風が流れれば、より良いものを運んでくれます。

大事なのは循環させることです、お金もエネルギーの一つです。
エネルギーが循環していれば、すべてのことはスムーズに流れます。

停滞は、字のごとく、停まって滞っている状態です。

さーみなさん、持っているものはすべてシェアしましょう。

才能も、知恵も、お金も、動力も、惜しみなく出していきましょう。
すべての制限を外せば、逆に無くなることはありません。

そして大事なのは、取引にしないことです。
自分の培って来た才能は財産です、ですが、それをお金と引き換えにしか出せないのはもったいないことです。

自分の中に培って来た才能や知恵は、どんなに使っても無くなりません。
それどころか、使えば使うほど増えるのです。

損したくない、減らしたくない、と言う感情は恐れです、恐れもエネルギーを停滞させてしまいます。

恐れを手放して、囚われているものから自由になりましょう。

さー!制限を外して、無限の豊かさを手に入れましょう!

  日常のお供え、我が家は1日40箇所に  特別なお祭りの時のお供え、すべて手作業で作ります
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